学生時代は学校をさぼって、よく遊んでいました。高校も一度中退。アルバイトも長く続かず、無断で休んでしまうこともあった。就職もしない。僕は本当に、「何も続かない人間」でした。
「いつまで遊んでいるんだ」
そう言われていました。
高校を中退したあと、親から「高校くらいは出ておきなさい」と言われ、しぶしぶ通信制高校を卒業しました。それでも生活が急に変わることはなく、興味を持って始めても、すぐにやめてしまう。周りにも心配をかけました。
「いつまで遊んでいるんだ」。そう言われていました。でも、夢がなかったわけではありません。むしろ僕は、その時々で心からやりたいと思った夢を追いかけてきました。
ただ、その夢はいずれも思い描いた形ではかないませんでした。ひとつの仕事を続けることもできず、お金持ちになったわけでも、世間でいう成功を手にしたわけでもありません。
30代半ば、周りから
言われる言葉が変わりました。
そんなまま30代も半ばになった頃、いつの間にか、周りから言われる言葉が変わっていました。
「お前の行動力、すごいよな」。
最初は意外でした。でも振り返ってみると、仕事や挑戦の形は何度も変わっていても、自分が「やってみたい」と思ったことへ向かうことだけは、子どもの頃からずっとやめていなかったのです。
周りから何を言われても、自分が信じた方向へ動く。夢の形が変わっても、また挑戦する。その生き方のおかげで、僕は基本的に幸せな毎日を送ってきたのだと思います。
そして2026年、僕は家族とオランダへ移住しました。これも、世間が決めた成功を手に入れたからできたことではありません。今も特別なお金や地位、名誉があるわけではない。それでも、自分たちが望む暮らしへ向かって一歩を踏み出しました。
振り返って気づいたのは、幸せに生きるために本当に必要なのは、お金や地位や名誉だけではないということでした。結果が出るまで同じことを続けるのではなく、自分が大切だと思うものへ向かい、何度でも挑戦を続ける。その積み重ねが、自分らしく生きているという幸福感につながるのかもしれません。
これからの挑戦にも、
家族との時間にも、土台がいる。
僕には6歳の息子がいます。「遊ぼう」と言ってくれる今の時間を大切にしたい。これからも一緒にいろいろな場所へ行き、成長を元気に見守りたい。そして僕自身も、まだ新しいことへ挑戦していきたい。
40歳を過ぎた頃から、そのすべてを支える土台が健康なのだと、以前より強く意識するようになりました。ただ、運動も食事も睡眠も、すべてを完璧に続けるのは簡単ではありません。青汁を試しても、味が苦手で続きませんでした。
だから探したのは、無理なく毎日の暮らしに加えられる、小さくてシンプルな習慣でした。
発酵と向き合う工場に、
心を動かされました。
そこで出会ったのが、75種類の植物素材と、乳酸菌10種15株を発酵工程に使用し、3年6か月かけて発酵・熟成させる植物発酵エキスでした。
植物と微生物、そして時間に向き合いながら、じっくり育てていく。工場では、発酵環境づくりの一環として蔵の中にクラシック音楽を流すこともあります。その丁寧な姿勢に、僕は強く惹かれました。
これを毎日の生活に取り入れやすい形で届けたい。そう考え、水やぬるま湯と一緒に飲めて、持ち運びもしやすい1日1粒目安のカプセルへたどり着きました。
最初に提示された製造数は、
約15,000箱でした。
自分のブランドとして商品を作りたいと相談したとき、最初に提示された製造ロットは約15,000箱。僕には、それだけの数量を製造する資金はありませんでした。
それでも諦めきれず、仕入れ価格が高くなっても構わないので、少量から始めさせてもらえないかと何度も相談しました。そして条件付きではありますが、ようやく少量から販売を始められることになりました。
喜びと前向きな気持ち、自分の身体を後回しにしないでほしいという願いを込めて、この商品を「万歳酵素」と名づけました。
自分の身体を後回しにしない。
その小さな一歩を、一緒に育てていきたい。




